AI推進、最初にやるべきこと ― 戦略の作り方と始め方
更新日:2026年3月6日

「AIの新しいツールやサービスが次々と出てくる中で、『結局うちは何から始めればいいんだ?』と感じるのは自然なことだと思います。地図が1枚あると、経営層とAI推進担当の目線が揃うので、施策がスムーズに進むし、迷ったときの判断もしやすくなります。」
この記事のポイント
- •AI推進の最初にやるべきことは「AI戦略シート」を作ること ― つまり地図を描くこと
- •大きなビジョンは小さく分解し「数珠繋ぎ」で進める ― 前のAIが次の土台になるから順番が重要
- •「完璧な戦略を作ってから動く」は最大の罠 ― 方向性を固めたらすぐ最初の一手を打つ

「AI投資はすべきだとわかった。でも、何から始めればいい?」― 実はこの問い、多くの企業担当者が最初にぶつかる壁です。
「AIをやろうと決めたが、最初の一手がわからない」「AIツールの情報が多すぎて、何を選べばいいか判断できない」「DXのときは戦略なしで始めて失敗した。今度は同じ轍を踏みたくない」「社内で話は出ているが、具体的な進め方が決まらない」「自分はやる気だが、組織全体にどう広げていくかが見えない」―
私たちがまずおすすめしているのは「地図を描く」こと。いきなりツールを選んだり、AIエージェントを作ったりする前に、自社の現在地と進むべき方向を整理する。この記事では、そのための具体的な方法をお伝えします。
なぜ、地図を作ることをおすすめするのか
この記事は「AIツールの比較」でも「AIの始め方3ステップ」でもありません。お伝えしたいのは、ツールを選ぶ前に「地図」を描くことの大切さです。
DX時代に繰り返された「戦略なき導入」
「とりあえずRPAを入れよう」「ERPを導入すれば効率化できる」。DX時代、こうした掛け声で始まったプロジェクトは少なくありません。何を解決したいのか、どの業務が対象なのか、組織としてどう運用するのか。これらが曖昧なまま大きな投資をした結果、「高い買い物」になってしまった企業は多いはずです。
大失敗でなくても、「導入したが、投資に見合った成果が出たかは正直よくわからない」という会社も多いのではないでしょうか。クラウド会計やSFAを入れたけれど手応えがない。これも「戦略なき導入」の結果です。
AI推進でも、同じ構造の失敗が起き始めています。「とりあえずChatGPTを全社に配った」「ベンダーの提案どおりにPoCをやった」。けれど現場が使いこなせない、効果が出ない。DXで経験した失敗と、まったく同じパターンです。
では、「地図」があると何が変わるのか
ここでいう地図とは、AI戦略シートのことです。自社のAI推進における現在地・目的地・ルート・体制・マイルストーンを1枚にまとめたもの。
地図が1枚あるだけで、判断の質が変わります。
- ベンダーの提案を自社の基準で評価できる。基準がなければ、相手の言い値・スコープで進んでしまいます
- 社内で「次に何をやるか」を議論できる。基準がなければ、声の大きい人の部署から始めることになります
- 成果を測る基準が持てる。基準がなければ、「なんとなくうまくいっている気がする」で続くか、あるいは打ち切りになります
- 施策同士を連携させ、全体最適にできる。連携がなければ、バラバラにAIを入れても効果が積み上がりません
地図づくり → 小さく始める → 定期的に見直す。この3ステップがAI推進の全体像です。この記事では、その1つ目「地図づくり」の具体的な方法と、「何から手をつけるか」を決めるフレームワークをお伝えします。
そもそも「AI投資すべきか?」の判断に迷っている方は、「AI投資すべきか?経営者が判断するための3つの視点」で投資判断のフレームワークを先に確認してみてください。
まず自社の現在地を知る ― AI推進セルフチェック
地図を描くには、まず「今、自分がどこにいるか」を知る必要があります。AI推進の進捗を把握するために、3つの軸でセルフチェックしてみてください。
3つの軸で自社の現在地を把握する
AI推進の進捗は「経営の意思決定」「現場の実態」「基盤の整備」の3軸で決まります。
どれか1つだけ進んでいてもAI推進は前に進みません。経営がGOを出しても現場が動かなければ掛け声倒れになりますし、現場が個人的にAIを使っていても経営の後押しがなければ組織の仕組みにはなりません。
以下のセルフチェックで、自社はどの軸が厚くて、どの軸が薄いかを確認してみてください(AI戦略シートテンプレートにもこのセルフチェックが含まれています)。
この場でセルフチェックしてみる
9つの項目にYes / Noで答えると、3軸それぞれの強弱と最初にやるべきことがわかります。
経営の意思決定
AI推進について、経営層が方針を表明している(文書化された計画を含む)
AI投資の予算(金額の大小を問わず)が確保されている
AI推進の責任者(専任/兼務問わず)が決まっている
現場の実態
ChatGPT・Copilot等のAIチャットツールを、日常業務で使っている社員がいる
AIエージェントに作業を任せている社員がいる(資料作成・調査・コード生成等をAIに実行させている)
特定の業務をAIで自動化する仕組みがある(ワークフロー自動化ツールの導入、業務特化のAIサービスの導入等)
基盤の整備
AIを使う際のルール(セキュリティ・利用ガイドライン等)がある
主要な業務データがデジタル化されている(紙・口頭でしか残っていない情報が少ない)
デジタル化されたデータの中で、最新版・確定版がどれか明確で、定期的に更新されている
すべての項目に回答してください
ここで大事なのは、Yesの合計数を数えることではありません。見るべきは、3軸それぞれの厚みです。全部をYesにすることが目的ではなく、全体像を把握した上で「今の自社にとって、どこに力を入れるべきか」を決める。それが戦略です。
このセルフチェックは、記事末尾でダウンロードできるAI戦略シート テンプレート(Excel)にも含まれています。画面を見ながらよりも、手元のシートに記入しながらの方が整理しやすいので、ぜひご活用ください。
では、この現在地を踏まえて、具体的にどう地図を描いていくのか。次のセクションで、AI戦略シートの作り方を5つのステップで解説します。
AI戦略シートの作り方 ― 地図を描く5つのステップ
いよいよ地図の描き方です。AI戦略シートは5つのパートで構成されますが、最初にお伝えしたいことがあります。全部を完璧に作る必要はありません。
全体像 ― 5つのステップと4段階の進め方
AI推進は、次の4段階で進みます。
- 1. 地図づくり(6〜8週間) ― ステップ1〜2をしっかり固め、ステップ3はマイルストーン・優先順位まで。4〜5は大枠のみ
- 2. 小さな成功体験(クイックウィン) ― 最初の施策に着手。小さく成果を出しながら、ステップ3〜5の解像度を上げていく
- 3. 展開 ― 成果をもとに施策を横展開する
- 4. 全社化 ― 全社にAI活用を広げる
なぜ「地図づくり」の段階で全部を固めないのか。理由は2つあります。
1つ目は、AIの進化が速いこと。モデルの性能もツールも半年で大きく変わります。最初に全部決め打ちすると、走り出した頃には前提が変わっています。
2つ目は、AIは「柔らかい仕組み」であること。従来のシステム開発と違い、小さく区切って1つずつ試し、後から拡張・修正しやすい。この特性は「AI投資すべきか?」で詳しく解説しています。
各ステップの概要と、地図づくりの段階でどこまでやるかの目安は以下の通りです。
| ステップ | 内容 | 地図づくりでの粒度 |
|---|---|---|
| 1. 現状把握 | 自社のAI活用の「今」を把握する | しっかり固める |
| 2. 理想とギャップ | どこに向かうか、何が足りないかを明確にする | しっかり固める |
| 3. 施策設計 | 何をどの順番でやるかを決める | マイルストーン・優先順位まで |
| 4. 推進体制 | 誰がどう動くかを決める | 大枠のみ |
| 5. KPI設定 | 成果をどう測るかを決める | 主要KPIの設定のみ |
では、1つずつ見ていきましょう。
ステップ1 ― 現状を把握する
最初のステップは、「自社のAI活用は今、どんな状態か?」を整理することです。
ここで大事なのは、この段階では経営層とAI推進担当が把握している範囲で十分だということ。各部署への深いヒアリングはまだしません。ヒアリングはステップ3で施策の仮説を立てた後に行う方が、精度の高い情報が得られます。
整理する観点は5つです。
- 定性面 ― 経営層のAIに対する認識、現場の受容度、過去のDX経験、業界固有の制約
- 定量面 ― AI投資額、AI活用人材数、導入済みツール、利用率
- データ資産の棚卸し ― どんなデータがどこにあるか、AIに使える状態か
- 組織・体制 ― IT/AI推進体制の有無、意思決定者は誰か
- 事業環境 ― 競合のAI活用状況、業界トレンド
よくある落とし穴は、現状把握のために各部署にアンケートやヒアリングを広く実施してしまうこと。仮説なしにヒアリングすると「ただ聞いてもらいました」で終わりやすいです。この段階では手元の情報で整理し、次のステップで理想像とのギャップを見てから、仮説を持って現場に入る方が効果的です。
最低限やるべきこと:経営層とAI推進担当で「今、社内のAI活用はどういう状態か?」を棚卸しすること。前のセクションのセルフチェックを使って3軸の現状を確認するだけでも、地図の出発点が描けます。推進担当の方は、先にセルフチェックを埋めて、経営層に「こんな現状です。認識合っていますか?」と持ちかけると効率的です。
ステップ2 ― 理想の姿とギャップを見つける
現状が把握できたら、次は「3〜5年後、AIを活用した自社はどうなっていたいか?」を考えます。
ここで描くのは、具体的にイメージできるビジョンです。「AIが営業の右腕になる」「受注から納品まで人手がゼロの工程が半分になる」など、一文で言えるくらいのもの。数字だけの目標(「AIで売上を20%上げる」等)ではなく、業務がどう変わっている状態かを具体的に描くことが大切です。「営業が見積もり対応に費やす時間が半分になり、その分を提案活動に回せている状態」のように語れるビジョンの方が、現場にも伝わりやすく、施策に落としやすくなります。
ビジョンが描けたら、現状と理想の差を「領域ごと」に整理します。ギャップ分析の中で、特に注目してほしい着眼点が2つあります。
1つ目は、部署横断で使うコアデータ・ナレッジ。複数部署にまたがって活用するもの(例:全社の顧客情報基盤、原料・商品データベース)です。ボトムアップだけだと部署ごとにバラバラに作ってしまい、後から統合が大変になります。
2つ目は、AIでビジネスモデルのコアが変わるポイント。人手ではコスパが合わなかったことがAIで可能になり、事業の提供方法・価値が変わるもの(例:商談中にリアルタイムで見積もりができるようになる → 契約率向上+副次効果)です。
ビジョンを立てたら「このビジョンが達成されたかどうかを、何で判定するか?」もセットで考えておいてください。これがステップ5で設定するトップダウンのKPIにつながります。
最低限やるべきこと:経営層で「3年後にAIで何が変わっていてほしいか」を議論すること。完璧なビジョンでなくていい。方向性があればギャップが見えます。推進担当の方へ。ビジョンの最終判断は経営層の役割ですが、たたき台を作るのは推進担当の重要な仕事です。「こういう方向性はどうですか?」と2〜3案を持ちかけると、経営層も議論しやすくなります。
ステップ3 ― 施策を設計する(トップダウンとボトムアップ)
現在地(ステップ1)と理想像(ステップ2)が見えたら、いよいよ「何をどの順番でやるか」を決めます。ここが地図づくりの核心部分です。
施策は2つの軸で設計します。
トップダウン施策(経営主導)は、部門横断のデータ基盤構築、AI前提での業務プロセス再設計などです。ステップ2の2つの着眼点で見つけた課題がここに入ります。「トップダウン=大規模開発」ではありません。方向性は経営が決めますが、実現は小さく区切って1つずつ進めます。具体的な進め方は次のセクション「数珠繋ぎ」で詳しく解説します。
ボトムアップ施策(現場主導)は、基本的には環境整備の目線で考えます。Copilot等のAIツールを全社に配備し、使い方をレクチャーする。各部門でAIが得意な人が周囲に広げていける体制を作ると、細かい業務のAI化は現場主導で自然に進みます。大事なのは、現場が「こういうAIツールを入れたい」「この業務を自動化したい」と思ったときに、AI推進室に相談して一緒に検討できる仕組みを用意しておくことです。
この2つの軸は独立ではなく、相互に作用します。ボトムアップから上がってきた要望を、トップダウン施策の一部に組み込むこともできる。逆に、トップダウンの方針に直接沿わなくても、現場の熱量が高い施策はどんどん現場主導で進めてもらっていい。現場が「AIって便利だ」と感じる体験こそが全社展開の推進力になります。
ここで1つ、ヒアリングのタイミングについて触れておきます。施策の仮説を立ててから現場にヒアリングしてください。「この部署にはこういう課題があるはず → AIでこう解決できるのでは」という見立てを持って臨むことで、精度の高い情報が得られます。仮説なしに「困っていることはありますか?」と聞くと、「ただ聞いてもらいました」で終わりやすい。ヒアリングの具体的な進め方についても、仮説を持った上でヒアリングに臨むことが鍵です。
もちろん、施策設計は一発で決まるものではありません。ヒアリングしてみたら違う課題が出てくることも往々にしてある。施策の修正を繰り返し、場合によっては戦略側も修正しながら進めていく。このイテレーション自体が、地図の精度を上げるプロセスです。
最低限やるべきこと:ビジョンから「AI化すべき業務」を洗い出し、小さく分解して「投資額×期待効果」で並べること。完璧な一覧ではなく「優先順位の叩き台」を作ることが大事です。具体的な分解の仕方と優先順位のつけ方は、この後の「数珠繋ぎ」セクションで詳しく解説します。
当社ではAI戦略策定(地図づくり)を6〜8週間でご支援していますが、どこに頼むにせよ、まずは自社の「何を解決したいか」を整理することが出発点です。テンプレートをダウンロードして自社で始めることもできますし、壁打ち相手がほしければ30分の無料相談をご活用ください。
ステップ4 ― 推進体制を決める
施策の方向性が見えてきたら、「誰がどう動くか」を決めます。
地図づくりを始める時点で、以下の2つは決まっていてほしい前提です。
- エグゼクティブスポンサー ― 経営層で「なぜやるか」を語る人。予算の最終意思決定者
- AI推進責任者 ― 全体のとりまとめ。経営と現場の橋渡し。既にDX推進や経営企画を担っている人がいれば兼務で始めて構いません。地図づくりの段階では兼務で十分です
ステップ4で新たに決めるのは、以下の2つです。
- 現場のキーパーソン ― ステップ3で施策の重点が見えてきたら、その部門のキーパーソンをヒアリングも兼ねてディスカッションしながら巻き込んでいきます。技術スキルより「周囲への影響力」で選ぶのがポイントです
- 外部パートナー(必要に応じて) ― 戦略策定や開発を支援
組織規模によって進め方は変わります。数百人規模であれば、社長がエグゼクティブスポンサーを兼ね、AI推進責任者に直接指示を出す形で回せます。キーパーソンも社長が直接声をかけやすい。一方、数百〜千人規模になると、社長がすべてに関与するのは難しいため、部門長を経由した巻き込みが重要になります。部門長に「この部門でAIをどう活かすか」を考えてもらうために、ステップ3の2軸マップや数珠繋ぎの具体例を見せながら対話するのが効果的です。
最低限やるべきこと:施策の重点が決まった部門から、キーパーソンを1人ずつ巻き込むこと。意思決定プロセスやAI利用ガイドラインの整備はクイックウィンが回り始めてからで構いません。体制づくりの詳しい考え方は「AI活用を全社に広げる4つの条件」でも解説しています。
ステップ5 ― KPIを設定する
体制が決まったら、「成果をどう測るか」を考えます。KPIは2種類あります。
ビジョンKPI(トップダウン)は、ステップ2で立てたビジョンが達成されたかどうかの判定基準です。「何があればビジョン達成か?」を定義します(例:「AI活用率60%」「見積もり回答が当日」等)。
施策KPI(ボトムアップ)は、個別の施策ごとの効果測定です。現場ヒアリングで得た情報をもとに、どのくらいの改善が見込めるかを設定して検証していきます(例:「見積もり作成時間を半分にする」「問い合わせの一次回答を24時間以内にする」)。
地図づくりの段階では、ビジョンKPIの方向性を決め、最初の施策(クイックウィン)の施策KPIを1〜2個決めるだけで十分です。全施策のKPI設定と振り返りの仕組みづくりはクイックウィンが回り始めてから整備してください。ROIの測り方は、施策KPIの実績を定期的に振り返ることで精緻にしていきます。
ここまでで、AI戦略シートの5つのステップ ― 地図の描き方 ― をお伝えしました。次は、多くの方が最も悩むポイントに進みます。「で、結局何から手をつけるのか」という問題です。
何から手をつけるか ― 「数珠繋ぎ」で優先順位をつける
ステップ3の施策設計で「AI化すべき業務」を洗い出すと、たくさんの候補が出てきます。ここからが、この記事の独自フレームワーク「数珠繋ぎ」の出番です。
ビジョンから施策を分解する
まず大事なのは、大きな施策をそのまま進めるのではなく、小さなAI要素に分解することです。
たとえば「営業プロセス全体のAI化」なら、見積もり作成の補助 / 問い合わせ一次回答 / 需要予測 / … のように業務単位で分けます。分解すると、1つ1つは小さくリスクが低い。しかもAI技術の進化に柔軟に対応できます。半年後にはもっと良い方法が出ているかもしれません。
「投資額×期待効果」の2軸で並べる
分解した施策を、次の2軸でマッピングします。
- 横軸:投資額(低い←→高い) ― 開発コスト、ツール費用、社員の学習コスト
- 縦軸:期待効果(小さい←→大きい) ― 工数削減、品質向上、売上インパクト
右上(低投資×高効果)から始めるのが鉄則。これがクイックウィンです。そしてクイックウィンを選ぶときのもう1つの基準があります。現場が求めているかどうか。投資額と期待効果が同じなら、現場の熱量が高い方を優先してください。
トップダウンなのにクイックウィンで始められる
この進め方の面白いところは、ビジョンから逆算した施策(トップダウン)を、現場にも嬉しい形(クイックウィン)で始められることです。
たとえば「営業プロセス全体のAI化」というビジョンがあるとき、最初に着手するのは「見積もり作成の自動生成」かもしれません。これは営業現場が毎日困っている作業であり、投資も小さい。トップダウンの大きなビジョンを進めていながら、現場が「AIって便利だな」と感じる体験を同時に作れる。1つ1つは小さいので、失敗してもダメージが限定的で、方向転換も容易です。
トップダウンとボトムアップの両輪で全社にAI活用を広げる全体像は「AI活用を全社に広げる4つの条件」で解説しています。
「数珠繋ぎ」― 小さな成功がビジョンにつながる
ここからが核心です。AI推進の優先順位は「1回決めたら終わり」ではありません。2つのダイナミクスで、クイックウィンの候補は常に変わり続けます。
1つ目は、前のAIが次の土台になること。1つ目のAIエージェントのために整備したデータやフローが、次のAIエージェントの入力になります。
2つ目は、AI技術の進化で新しいクイックウィンが生まれること。3ヶ月前には投資が大きかったものが、新しいモデルやツールの登場で一気にクイックウィン圏内に入ることがあります。
だから3ヶ月おきに2軸マップを見直します。前のAIが動いた結果と、技術の進化を踏まえて、次のクイックウィンを再選定する。この繰り返しで小さな成功を積み重ねていくと、結果的にステップ2で立てたビジョンに近づいている。これが「数珠繋ぎ」の全体像です。
言葉だけだとイメージしにくいと思うので、3つの業種で具体例を見てみましょう。
例1:営業起点 ― 見積もりから提案書作成へ
- 見積もりの自動生成 ― 案件情報を入力すると、過去の見積もりデータをもとにAIが見積もりを自動生成する(投資小・効果中)。見積もり作成コストが大幅に減る
- 問い合わせ対応の自動化 + 見積もり連携 ― 顧客からの問い合わせにAIが一次回答し、見積もりが必要なものは1の見積もりエージェントが自動で見積もりまで作成。営業担当は確認して送信するだけ(投資中・効果中)。対応スピードが上がり、営業が提案に集中できる
- 提案書の自動生成 ― 見積もりに加えて、実施した場合の完成イメージ画像付きの提案書までAIが自動生成する(投資中・効果大)。営業担当が付加価値の高い活動に時間を使える
これは営業部門だけの話ではありません。別の業種でも同じ構造が成り立ちます。
例2:卸・商社起点 ― 受発注自動化から在庫最適化・営業支援へ
- FAX・電話受注の自動データ化 ― AIがFAXを読み取り・電話を音声認識して受注データを自動入力する。これを実現するために、商品マスタ(商品名・型番・取引先コード等)の整備が必要になり実施した(投資小・効果中)。受注処理の工数とミスが減る
- 在庫適正量の自動算出 ― 1のために整備した商品マスタと、蓄積された受発注データを使い、AIが品目ごとの需要パターンを分析して適正在庫量・発注タイミングを提案(投資中・効果大)。過剰在庫・欠品の削減
- 取引先別の商品レコメンド ― 同じデータ基盤を使い、AIが「この取引先はこの時期にこの商品をよく発注する」を学習して営業に提案候補を自動提示(投資中・効果大)。クロスセル機会の増加
もう1つ、製造業・建設業の例も見てみましょう。
例3:設計・技術部門起点 ― 設計データベースから見積・品質向上へ
- 過去の図面・仕様書の検索AI ― 「前に似た案件を扱ったはず」を探すたびにベテランに聞いたりファイルサーバーを漁っていた。AIが類似図面を検索・提示する。これを実現するために、過去の図面・仕様書・実績データをデータベース化する必要があり実施した(投資小・効果中)。設計知見が属人化せず、若手でも過去の資産を活用できる
- 見積書の自動生成 ― 1のために整備したデータベースと蓄積された見積実績を使い、AIが類似案件の実績から原価・工数を自動算出して見積のたたき台を作成(投資中・効果大)。見積回答スピードが上がる
- 設計・施工品質の自動チェック ― 同じデータ基盤を使い、AIが過去の変更履歴や不具合データから「この設計だとこの部分で問題が出やすい」を警告(投資中・効果大)。手戻りの削減、品質向上
3つの例に共通する構造が見えたでしょうか。業種や業務が違っても、数珠繋ぎのメカニズムは同じです。最初のAIを動かすために整備したデータや仕組みが、次のAI化の土台になる。
よくある3つの落とし穴
ここまで「地図の描き方」と「数珠繋ぎでの進め方」をお伝えしてきました。ただ、メリットだけ伝えるのは不誠実です。AI推進を進める中で、多くの企業がはまりやすい落とし穴が3つあります。
落とし穴1 ― 「完璧な戦略」を作ろうとして動けない
AI戦略シートを100%完成させてから動こうとすると、いつまでも始められません。地図づくりで方向性を固めたら、最初のクイックウィンに着手する。走りながら戦略を精緻にする。
「80点の戦略で動く」方が「100点を目指して止まる」より圧倒的に成果が出ます。
DXで「要件定義に1年かけた結果、市場が変わっていた」という経験がある会社ほど、この罠にはまりやすいので気をつけてください。
落とし穴2 ― 戦略を作って満足する(実行に移さない)
立派なAI戦略書を作成して、経営会議で発表して、そこで終わる。このパターンも少なくありません。戦略の価値は「実行されること」にしかありません。文書の美しさは関係ない。
対策はシンプルです。戦略策定の段階で「最初に着手する施策」と「その期限」を必ず決めてください。戦略書の最後のページに「来週やること」を書く。それだけで、戦略は動き出します。
落とし穴3 ― 戦略策定を現場に丸投げする
3つ目は、経営者にとって耳が痛い話かもしれません。戦略策定そのものを「DX推進室で作って」「情シスで検討して」と任せてしまうパターンです。
AI戦略には経営判断が不可欠です。「どの事業領域を優先するか」「既存の業務フローを変えてよいか」「どの程度のリスクを許容するか」。これらは現場では決められません。現場に丸投げされた戦略は「現場でできること」の範囲に縮小し、トップダウン施策(部署横断のデータ基盤、ビジネスモデル変革)が抜け落ちます。
では、経営者はどう関与すべきか。
- 戦略策定の場に経営者自身が出る(全部でなくても、方向性を決める最初と最後は必ず)
- 各ステップのアウトプットに目を通す(特にステップ2のビジョンとステップ3の優先順位)
- AI投資の意思決定は「DX推進室の稟議を承認する」形ではなく「経営会議のアジェンダ」にする
一方、DX推進室・AI推進担当の方はどう経営層を巻き込めばいいのか。
- ビジョン(ステップ2)のたたき台を作り「方向性だけ決めてほしい」と持ちかける。全部作ってから見せるのではなく、方向性の段階で巻き込む方が経営層の当事者意識が高まります
- 施策の優先順位(ステップ3)を2軸マップで可視化して見せる。「どれから始めますか?」と選んでもらう形にすると判断しやすい
- 「AIを使って自社の事業をどうしていきたいですか?」をストレートに聞く。推進担当側も「自分はこうしたいと考えています」という仮説を持って対話に臨むと、議論が具体的になります。技術面は推進担当や外部パートナーが補えます
AI投資における経営コミットの重要性は「AI投資すべきか?」でも触れていますが、ここでは特に「戦略を作るプロセス」での経営者の具体的な関わり方にフォーカスしました。
戦略は「作って終わり」にしない ― 見直しサイクル
最後にもう1つ、大切なことをお伝えします。地図は作って終わりではありません。定期的にアップデートする前提で作ってください。
なぜ見直しが必要なのか
AI技術は半年単位で進化します。去年できなかったことが今年はできる。去年高かったものが今年は安い。数珠繋ぎで前のAIが動くと、2軸マップも変わります。新しいクイックウィンが生まれる。組織の状態も変わります。社員のAIリテラシーが上がれば、できることの幅が広がる。
つまり、地図の前提そのものが常に変化しているわけです。だから戦略シートは「定期的にアップデートする前提」で作ります。
見直しのサイクル
具体的にどんな頻度で、何を見直すか。目安を表にまとめました。
| 頻度 | やること | 参加者 |
|---|---|---|
| 月次 | 施策の進捗確認。KPIの確認。現場からのフィードバック共有 | AI推進責任者+現場キーパーソン |
| 四半期 | 2軸マップの見直し。優先順位の再評価。新技術のキャッチアップ。戦略シートのステップ3〜5を更新 | 経営層+AI推進責任者 |
| 半年 | ビジョン(ステップ2)の見直し。事業環境の変化を反映。次期の投資計画。AIの進化速度を考えると、年次では遅い | 経営層 |
「生きたドキュメント」の育て方
戦略シートはクラウド上(Google Sheets、Excel Online等)に置き、常に最新版がアクセスできるようにしてください。大きな変更がある都度、「何を変えたか」「なぜ変えたか」をメモしておくと、振り返りの資産になります。外部パートナーがいる場合は、定例MTGのアジェンダに「戦略シートの更新確認」を入れておくのも効果的です。
結論 ― 最初の一歩は「地図を描くこと」
この記事で伝えたかったこと
AI推進の最初にやるべきことは、ツール選定でもエージェント開発でもありません。
自社の「AI戦略シート」を作ること ― つまり、地図を描くことです。
地図は5つのステップで描けます。最初から完璧でなくていい。ビジョンは小さく分解し、クイックウィンから着手。「数珠繋ぎ」で前のAIが次の土台になります。そして戦略は作って終わりではなく、定期的に見直して育てていく。
今日からできること
- AI戦略シートのテンプレートをダウンロードして、まず書いてみてください。テンプレートにはセルフチェック(本記事の9項目)も含まれているので、自社の現在地の把握から始められます。完璧に埋める必要はありません。書いてみるだけで「足りないもの」が見えてきます
- 数珠繋ぎで「どこから手をつけるか」を考えるには、技術的な知見(今のAIで何ができるか)が必要になります。自社だけで判断が難しければ、中立的な立場で伴走してくれる外部パートナーに相談するのも一つの手です
- 地図づくりの壁打ち相手がほしければ、30分の無料相談で一緒に整理できます
AI推進の始め方についてよく聞かれること
ここまで読んでいただいた中で、「うちの場合はどうだろう」と感じているポイントがあるかもしれません。相談の場でよく聞かれる疑問について、もう少し踏み込んでお話しします。
Q1. AI戦略の策定にはどれくらいの期間がかかるのか?
地図づくり(方向性を固めるところまで)で6〜8週間が目安です。この期間で、重点となる施策・課題を数珠繋ぎで洗い出し、仮説を持って現場にヒアリングし、「ここから始めよう」という目安がつくところまで進めます。もちろん、企業の規模や業務の複雑さによって前後しますが、半年も1年もかける必要はありません。大事なのは「完璧に仕上げてから動く」のではなく「方向性が固まった段階で最初の施策に着手する」こと。走りながら戦略を精緻にしていく方が、結果的に速いし精度も上がります。
Q2. 社内にAI人材がいなくても戦略は作れるのか?
作れます。ただし、すべてを自社だけで完結するのは難しい面もあります。AI戦略の主語は「自社の業務と課題への理解」であり、これは社内の方が一番よく知っています。一方で、ビジョンを描くにはAIで何がどう変わるのかの理解が必要ですし、数珠繋ぎで優先順位をつけるにはソリューション面の専門知識も要ります。大事なのは「全部を専門家に任せる」のではなく「自社の課題理解は自分たちが持ち、技術的な知見は外部パートナーの力を借りる」という役割分担です。戦略の主語はあくまで「自社」です。
Q3. AI戦略の策定に、わざわざコストをかける意味はあるのか?
地図づくりの直接的な価値は「次に何をすべきかが明確になる」ことです。地図なしに個別のAI施策に投資する方が、リスクは大きい。「とりあえずPoCをやってみた」「ベンダーの提案を受けた」が場当たり的になり、全体として何を目指しているのかが見えなくなります。テンプレートを使って自社で始めることもできますし、外部パートナーの力を借りると速度や精度が上がります。その場合も、選ぶべきは「立派な戦略書を納品してくれるパートナー」ではなく「一緒に動いてくれるパートナー」です。投資判断全体の考え方は「AI投資すべきか?経営者が判断するための3つの視点」で詳しく解説しています。
Q4. AIツールの選定は戦略策定の段階でやるのか?
やりません。ツール選定はクイックウィン以降、施策を具体化する段階です。地図づくりの段階では「何を解決するか」「どの順番で進めるか」を決めることに集中してください。先にツールを決めてしまうと、「このツールで何ができるか」という発想になり、本当に必要なことを見失います。
Q5. 戦略を作ったが、実行に移せない場合はどうすればいいか?
よくある原因は3つです。1つ目は「最初の一手が大きすぎる」。この場合は2軸マップでクイックウィンを見つけ直してください。2つ目は「経営のコミットが不足している」。この場合は経営層との対話に戻る必要があります。3つ目は「具体的にどんなソリューションがあるのかわからない」。AIツールやサービスは膨大にあり、どれがこの課題に有効なのか、どう調べていけばいいのか整理がつかないケースです。この場合は、中立的な立場で壁打ちに付き合ってくれる外部パートナーがいると、整理が進みやすくなります。30分の無料相談でも「どこから手をつければいいか」の方向性は見えてくるので、お気軽にご活用ください。
Q6. 見直しのサイクルを回す余裕がない場合は?
おすすめは、AI推進の定例ミーティング(外部パートナーとの定例でも、内部のAI推進定例でもよい)で、毎回5分でも「戦略シートで見直しが必要な箇所はありますか?」と確認する時間を入れることです。わざわざ別のミーティングを設ける必要はなく、既存の場に組み込む方が続けやすい。日常業務に忙殺されて戦略を忘れてしまうのが最大のリスクなので、仕組みとして定例に入れておくのが確実です。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。「AI推進、最初にやるべきこと」― その答えは、地図を描くことです。完璧な地図でなくていい。方向性がわかるだけで、次の一歩は格段に踏み出しやすくなります。この記事が、その一歩のきっかけになれば嬉しいです。
この記事を書いた人

相木 悠一
株式会社croppre 代表取締役
2017年、京都大学在学中にアフリカで創業。4年間、小売業界向けの業務システム開発に従事。
2021年に帰国後、AI開発に軸足を移し、自社業務にAIエージェントを導入して同業比5倍の生産性を実現。その過程で顧客企業から「AI推進の相談役をやってほしい」と声がかかり、中堅企業のAI推進チームの一員として戦略策定からエージェント開発まで伴走する現在のスタイルに至る。
AIグランプリ2025春 イノベイティア賞受賞
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AIの新しいツールやサービスが次々と出てくる中で、「結局うちは何から始めればいいんだ?」と感じるのは自然なことだと思います。地図が1枚あると、経営層とAI推進担当の目線が揃うので、施策がスムーズに進むし、迷ったときの判断もしやすくなります。